骨髄異形成症候群と診断された母…/治療は?命の期限は?

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こんにちは。精神科ナースここあんです。

今回は私の母のことをお話しします。

母(85歳)はかかりつけ医での検査でここ2~3年で白血球、赤血球、血小板が減っていったので再生不良性貧血もしくは骨髄異形成症候群ではないかと言われていました。

看護師でありながらも骨髄異形成症候群は初めて聞く病名です。

調べてみても今いち良くわかりませんでした。というか信じたくない気持ちもありました。

症候群と付くくらいだから大したことはないかも…と安易な考えでした。

専門医を紹介してもらう

かかりつけ医では「うちの病院では治療が出来ないので専門医を紹介します」と言われ、初診は一人暮らしの母なので近所の知人の車に乗せてももらい専門医に診てもらいました。

しかし、付き添いが他人のため、診察結果は聞かされずに「次回は家族に来てもらってください。その時にお話しします」と言われ、年の瀬迫る年末に長女である私が診察結果を母と一緒に聞きに行ってきました。

家族を呼ぶということは良くない知らせなのかなと嫌な予感でした。

母は東京に住んでいて私は地方に嫁に行ったので何だかんだで3時間くらいかかり帰省します。

ナース不足の昨今、あまり休みも快く取らせてくれないのですが、母のため事情を話して師長はしぶしぶですが休みを取らせてくれました。

 

専門科は血液内科

その専門医のいる大病院では受付けはもちろんですが検査する場所も離れていてどこにあるのかもわかりにくくて高齢者には捜すだけでも大変な負担だと感じました。ついて来て良かった。

病人が来るところなのに広さと言い、わかりにくさと言い、何でこんな負担を強いるんだろうと思いました。

それでも採血検査も終わり診察室の前にやっと座りますが待ち時間も長い。予約していったのに1時間以上も待たされ、母もイライラMAX。

看護師に「あの~まだですか?予約時間過ぎているんですが」と聞くとしばらくして呼ばれました。聞かなければまだ呼ばれなかったかも・・・。

専門科は血液内科。

血液内科のドクターは俳優の六角精児さんに似ていてとてもドクターという感じには見えず白衣で何とかあ~医者なんだという感じでした(^-^;

六角(仮名)ドクターは話ずらそうに

「お母さんの病名は『骨髄異形成症候群』です。この病気は予後が良くなく白血病に移行することもあります。治療は骨髄移植(造血幹移植)と毎日注射(輸血療法と思われる)をしに来てもらう方法があります。骨髄移植と簡単に言いましたがお母さんの年齢では身体的負担が大きいため難しいです。毎日注射には来られますか?」

母「毎日来られる訳がありません。今日も娘が忙しい中(地方から)出てきてくれたからやっと来られたんですから。結局、この年では治療は出来ないということですね?」

Dr「申し上げにくいですがそういうことです」

母「ショック!!でも仕方ないですね」

Dr「次回の予約ですけど16日でいいですか?」

母「もう治らないなら来てもしょうがないでしょ。予約はしなくていいです」

Dr「そうですか。お母さんの気持ちはわかります。何とかしてあげたいと思うのですが…」と申し訳なさそうに話してくれました。

その他にも、もし私のいる地方に行ったならどういった病院に通院したらいいか等いろいろと教えてくれました。

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帰り際、母は「あの先生、あんたにいろいろと話してくれたね。あーいう先生とあんたが結婚してくれたらよかったのにね」とあの六角Drのことが気に入ったようです。

私はもう50代で結婚もしているし、余命を宣告されたようなものなのに何言ってるのかと思いましたがそこまで深刻に捉えていないのかと思うと何だかほっとしました。でも私の方が母がもう長くないのかも…と思ったら空しい気持ちになっていました。

普段は遠距離のため母は私に電話をよくくれ1時間は平気でしゃべるほどお喋り好きで、ちょっとウザいなと思ったりもしていましたが、それもあとどの位出来るんだろう。いつまで母と話が出来るんだろうかと思うと悲しい気持ちです。

とにかく免疫力である白血球などが減っていいるのでインフルエンザなどの感染症には気を付けなければなりません。

私「どこに行くにもマスクするんだよ。手洗い、うがいもだよ。栄養もしっかり取るんだよ。」

母「うん。(地方から)出てきてくれてありがとう。本当はもう少し生きたかったけどこのままパタンと死んでも悔いはないから大丈夫だよ

親はいつまでもずっと生きているような気持ちになってたけど、そうではないと悟った今回の帰省。

お喋りで同じことを何回も繰り返し話すけど、たまには私の悩みも聞いてくれる有難い存在の母。

気が強いので喧嘩もよくしたし、全く気が合わないと思ってたけど、縁あってこの世で出会い、親子になり、過ごしてきた年月

85歳ならもう十分でしょ、と思われそうですが、やはりそうではない自分の気持ち。

他人なら私も85歳まで生きたんだから…と思うでしょう。

皆さんも親に対する気持ちは同じか近いものがあると思います。

認知症になって自分のことも分からなくなってしまった親、寝たきりで介護が必要な親…どんな親も若いころがあり、頑張って育ててくれました。

感謝の気持ちを持ち、あとどのくらい生きられるかわかりませんが、心と身体のサポートをしていきたいと思います。

皆さんも親御さん大切にしてくださいね。

 

 

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骨髄異形成症候群とは(他HPに飛びます)

母はうつ、父はがん、弟は離婚、我が家に起こった不幸の連鎖(過去ブログ)

 

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